性別を意識しすぎず、シンプルに「その人」を見よ

会社の中にはさまざまな人間関係があり、それぞれみんなが違った距離感でつながっている。

それでも1980年代の半ばまでは、そんな複雑さの度合いも低かった。

なぜなら、日本の会社は圧倒的な男社会だったからだ。

会社に女性がいても、その多くは補助的業務、お茶くみや伝票整理などであり、男性の仕事とは区別されていた。

 

ところが、男女雇用機会均等法が施行されてから、女性の仕事の範囲が広がった。

社員として採用される女性も多くなり、専門職や管理職にも女性が就くようになった。

当然のことであり、歓迎すべきことでもある。

だが、仕事に関する距離感に加え、「男女の距離感」もからんでくるようになると、いっそう悩みが深くなる。

本来は、男女間は仕事に関係ないはずだ。

職場なのだから仕事の距離感だけに気を配っていればいい。

だが、それができない人間が少なくないのだ。

「女性の専門職は使いにくいので、なるべく部下に持ちたくない」

「女だからという理由で、上司が私を差別している気がする」

「女性上司の下で働くのは、男としてちょっと抵抗がある」

いちいち性別にこだわって、勝手に距離感を複雑にしている。

あるいは、その逆に極端な平等主義に走るケースもある。

重い機材の移動も、危険な地域の深夜業務も、男女の区別なくやらなくてはいけないというものだ。

ここまで性別を意識しないで頑張りすぎるのは、逆に意識しすぎている証拠かもしれない。

もっと自然でいいのではないか。

男にも女にも優秀な人はいるし、そうでない人もいる。

私は男女を問わず、いろいろな会社の人たちと仕事をしているので、それはよくわかる。

優秀な人もそうでない人もいるという点で、男女にまったく違いはない。

しかし、男女には性差がある。

そこは認めて悪いことはない。

 

男女平等を調う欧米では、レディファーストを強いられる。

矛盾してはいるが、男女それぞれを意識したしゃれっ気や見栄まで捨てなくていいということなのだろう。

そこは踏まえたうえで、仕事ではバイアスのかからない距離感を保てばいい。

自分の中のバイアスを解くためには、「こういうものだろう」という思い込みを捨てること。

一口に「男」といってもさまざまだ。

出世欲の強い男もいれば、そうでない男もいる。

家事は妻に任せっきりの男もいれば、育休を取りたがる男もいる。

女も、それぞれ一人ひとり違う。

それでいいのである。

 

突き詰めれば、そこには「その人」という個人がいるだけ。

きわめて単純なことなのだ。

それを、性別、立場、年齢、肩書きなど、いくつもの要素を掛け合わせて見ているからわからなくなる。

「個人」に絞れば、必要以上に性別を意識することもなくなる。

仕事場で性別を意識しすぎる人は、そこに恋愛感情を持ち込む危険性がある。

恋愛は手近にいる異性との間に起きやすいから、社内恋愛は始めるのは簡単だが、会社に内緒で続けるのも終わりにするのもラクではない。

無事に結婚できればいいが、そうならなかった場合、さまざまなトラブルのもとになる。

 

ましてや、社内不倫はやってはいけない。

不倫をしている当人たちは「絶対にバレてない」と思っているが、みんなお見通し。

わかっているが、誰も「知っているよ」とはいわないだけである。

ある特定の女性部下と不倫をしている男性上司に、ほかの女性部下がついていくだろうか。

男性部下だって距離を置きたいと思うだろう。

「色は思案の外」という言葉がある。

どれほど仕事ができても、色恋となると別もの。

それまでの実績や信頼を一気に棒に振ることになる。

仕事の人間関係に、男女の距離感は持ち込まないこと