「運動不足の人」は「もの忘れ」しやすい
「運動には自信があるけど、記憶力のほうはちょっと……」などという人がよくいますが、これはウソです。
というのも、運動能力というのは、運動の記憶の回路が発達しているからこそ、発揮されるものだからです。
したがって、運動能力は記憶力に比例するという法則が成り立ちます。
かつて、サッカー界で注目を浴びていた、中田選手ですが、当時日本代表でも海外クラブ選手としてもチームの司令塔としてチームを引っ張って伝説を作り上げる名選手でした。
彼は、運動神経もすぐれているのですが、人一倍の頭を働かせ、運動能力と頭脳のバランスをとり強豪チームを相手にして勝利をした選手です。
プロのスポーツ選手というのは、生まれついての素質があるのだろうと思われがちですが、人間はみな同じ運動神経を持って生まれてきます。
そもそも、運動神経というのは、大脳皮質の運動野から脊髄を通って、筋肉につながっている神経のことです。
人によってこの運動神経がたくさんあるとか、生まれつき発達しているなどということはありません。
では、どうして運動能力に差が出てくるのでしょうか。
もちろん筋肉の発達も重要ですが、じつは運動神経に運動の命令を伝えるのには、記憶力が深く関係しているのです。
運動するときの状況、タイミング、筋肉の動かし方など、もっとも効率よく力を発揮するための情報は、すべて脳に記憶されているのです。
野球の打者を例に、運動神経と記憶のつながりを超スローモーションで見てみることにしましょう。
バッターボックスに立った打者は、投手が球を投げた瞬間、「この角度とスピードで向かってきた球には、どのタイミングで、どの角度から、どのくらいのスイングでバットを振ればより遠くへ球を打ち返せるか」を思い出します。
そして、思い出した記憶を瞬時に処理して、今度は「その記憶どおりにバットを振るためには、関節と筋肉をどう動かすべきか」を思い出します。
こうして引き出した記憶から命令をつくり出し、運動神経に伝えて筋肉を動かすわけです。
もっとも、これらの記憶自体がしっかり脳に蓄えられていなければ、思い出すことはできません。
そこで、記憶を強固にするために、選手は何度も繰り返し練習するのです。
繰り返し練習することで覚えた記憶は、一つのネットワークとして固定されます。
運動の記憶のネットワークは、一度固定すると忘れることはありません。
意識することなく、その運動ができるようになるのです。
自転車の乗り方やスキーの滑り方を忘れないのは、そのためです。
一方で、ゴルフをしていて、何度かいいショットができていたのに、しばらくぶりにコースに出ると、そのショットがまったく出なくなることがあります。
これは、練習不足でネットワークが固定されていなかったということです。
言葉や数字を覚えるだけが記憶ではありません。
ゴルフの練習を繰り返すことも、脳内ネットワークの発達につながっているのです。
ただ、この法則に反するような有名人が一人います。
読売ジャイアンツの長嶋茂雄元監督は、いわずと知れた名選手でしたが、忘れっぽいことでも有名です。
選手時代のエピソードに、自分の試合を見せるために息子の一茂さんを球場へ連れて行ったまではいいのですが、試合が終わ息子を球場に忘れて家に帰ってしまったという話があります。
「なあんだ、運動能力と記憶力は反比例しているじゃないか」と思われるかもしれませんが、長嶋氏の場合、あまりにも野球一直線なためだったのです。
同時に彼は、もの忘れで失敗したことを笑って話せる「忘却」の才能にもたけています。
ちょっぴり忘れっぽい長嶋氏ですが、運動の記憶力は抜群です。
まさに、得意な分野の記憶を生かして成功した例といえるのでしょう。
「運動はできるけど、もの忘れがひどくて……」と悩む人がいるならば、得意な分野の記憶力を鍛えることで、脳内ネットワークを発達させればいいのです。