自分なのか、周囲の人なのか、人の話を聞かない人には会話をすると特徴があります。
人の話をきちんと聞かない人は、みんなで話していたことを理解していない。
今まで、まさにそのことが話題の中心だったのに、しかも間違いなく、その人はそこにいたのに、まったく同じことを尋ねて、周囲をあっけにとらせる。
あるいは、相手はそんなことは言っていないのに、「お前はこんなことを言っている」と攻撃して、驚かせる。
この種の人には、三種類がある。
第一のタイプは、他人にそもそも関心がないために、人の話を聞くつもりのない人だ。
周囲の人が話をしていても、それが頭に入っていない。
一人で別のことを考えている。
人の周りにいても、その中に入ることのない人だ。
この種の人には、自分の関心のあることしか話さないという人がいる。
たとえば、相手があることについて質問すると、ひと言、それに関係することに答えるのだが、話がどんどん変わっていき、いつの間にか、まったく違う話になっているのだ。
どんな話題であっても、いつの間にか、その人が関心のある話題にもっていってしまうのだ。
この種の人は、自分の関心のあることにしか興味を示さず、一人よがりの解釈をする。
ただし、このタイプの人はそれほど多数ではない。
このタイプの人は、社会生活を苦手とするので、すぐに集団から離れていくだろう。
第二のタイプは、先入観にとらわれる人だ。
どういうわけか、あるとき突然に「こいつはこんな奴だ」「こいつは、こんなことを言おうとしている」と思い込んでしまう。
すると、相手が何を言おうと、聞く耳をもたなくなる。
そうなると、相手の話のちょっとしたことから、その考えを誤解してしまう。
そして、まったく見当違いの反論をしたりする。
この種の人は、他人の考えをしっかり理解しようという意志がないのだ。
だから、相手の考えに耳を傾けようとしない。
頭から、自分が正しいと決め込み、誰かが何かを言うと、自分を批判していると思い込む。
第三のタィプは、理解力が根本的に欠けている人だ。
人の言葉を理解できない。
文章を理解できない。
何が、その文章の最も言いたいことなのかわからない。
だから、的外れな反論をしたり、的外れな同意をしてしまう。
とくにこの種の人は、文章や会話の中の、自分の意見に対立する部分に気を取られ、前後の脈格を無視する傾向がある。
相手の言葉の中に、「テロにも正しい面がある」という言葉を聞きつけると、たとえ、その人が「テロにも正しい面があるという人がいるが、それは間違いだと言おうとしていても、そんなことは無視する。
しかも、この種の人は、他人の話の「例」に気をとられる。
その人が主として言いたいことではなく、ただ、主張の例として示したことに反応する。
ある人が、「テロはよくない。先日、テロのとばっちりで、飛行機の手荷物検査が大変だった。このままでは、世界中が疑心暗鬼になる」などと語っていると、その種の人は、「お前は手荷物検査をするべきでないというのか」と怒りはじめたり、「手荷物検査をするのには反対」と妙なところで同意したりする。
他人の意見を理解できないということは、もっとも愚かだということだ。
他人を理解できてこそ、自分の意見が成り立つ。
他人を理解することによって、コミュニケーションが生まれる。
それができないということは、もっとも愚かだということだ。
周囲の人の対策
この種の人に誤解されたような場合には、遠慮せずにはっきりと、「私はそんなことは言っていない。人の言うことをきちんと聞いてくれ」と要求するべきだ。
そうしないと、最後まで誤解されたままになってしまう。
もし相手が目上の人だったら、「大変申し訳ありません。誤解を招くような言い方をしたかもしれませんが、私の言いたかったのは・・・」と前置きして、はっきり言うべきだ。
自覚するためのワンポイント
他人に関心がないタイプなら、致し方ない。
今さら、他人に関心をもつように言っても、無理だろう。
だが、先入観で誤解してしまうタィプなら、十分に防ぐことができる。
自分が先入観をもちやすいと自覚できたら、ともかく、相手に質問をすることを心がけることだ。
早合点しそうになったら、「君の言いたいことは、こういうことか」とたずねる。
それを忘れると、早合点してしまう。
たった、それだけの質問で、愚かさを見せずにすむ。
もう一つの理解力のないタイプの人は、理解力をつけることを心がけてほしい。
最も練習に良いのは、新聞の投書欄(読者からの投書を掲載するための欄)だ。
投書は短く、言いたいことがはきりしている。
しかも、毎日更新される。
毎朝、投書欄を読んで、その言いたいことを読み取る練習をしてはどうだろう。
その際、キーワードを見つけて、その文章が何について語っているのかを明確にし、その文章が何に反対しているのかを考えれば、言いたいことは明確になる。