「井筒」が「聖護院」を提訴し裁判での争いが始まる!

京都「八ッ橋」老舗同士が今頃になってなんとも醜い争いなんだろうか・・・

 

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私が思う八つ橋のエピソード

八つ橋といえば、修学旅行や観光でのお土産として全国に広まりました。

ファンの方も多く、今では商品は多種のバリエーションで展開し販売しています。

昔は、一口いれるとニッキの風味が口の中に広がり、粒あんと餅皮がマッチして京都のお茶(市販のお茶でもいいです)に合いました。

京都の舞妓さんのおやつや観光の方にちょっとしたおもてなしに出されていた庶民愛された食品です。

一度は、お土産ワーストランキングにも浮上してしまったこともありましたが、今では外国人の方にも大変喜ばれています。

老舗の会社が2店舗もあったなんて知らない人が多いのではないでしょうか。

地元の若い人もあまり知られていませんが、今回この報道が放映されて驚かれた方は少なくはないと思います。

でも、いまさらなぜ争いなんかするんでしょう。

 

訴訟問題の「井筒」が「聖護院」を提訴し裁判について!

内容はこうです。

京都を代表する和菓子「八ッ橋」の老舗同士の争いです。

創業の年や由来をめぐり、一方が京都地裁に訴えを起こしました。

訴えを起こしたのは1805年に創業した八ッ橋の老舗「井筒八ッ橋本舗」です。

訴えによりますと、井筒八ッ橋本舗は同じく八ッ橋の老舗・聖護院八ッ橋総本店について「元禄2年に『八ッ橋』を創作した事実も根拠も認められない」と主張し、損害賠償600万円の支払いと「元禄2年」「1689年」の表記差し止めを求めています。

「八ッ橋はただのお菓子だが、京都の名産品。

信用があってこそお土産品は売れるのです」(井筒八ッ橋 津田佐兵衛グループオーナー)

一方、聖護院八ッ橋総本店は江戸時代の元禄2年・1689年に琴の名手・八橋検校の琴に似せた菓子を「八ッ橋」と名付け、売り出したことが由来だとしていて、訴えについて「現段階では驚いておりまして、お答えしようがございません」とコメントしています。

 

表に出していない真実があるはず

京都は外国人の観光客、全国から駆けつける観光客で大変賑わってきています。

年々客層が増えていき、お土産などの市場争いは激戦しています。

その中で、看板でもある『八つ橋』は、売上が伸びています。

その八つ橋はどこから始まった会社なのか、今回の両者の看板が前に出ることで売上も知名度、これからの展開事業など響くはずです。

意匠権や登録商標など知的財産権の確立などさまざまな問題も挙げられてくるでしょう。

京都に八つ橋の会社は1つだけでいい!そんな風にも聞こえます。

「井筒」会社の社長は色んな思いで訴えているのですが、社長が言っている真実・・・

「聖護院」会社のこれからの返答がどう展開していき、裁判が進行していくのか。

 

京都で八つ橋が食べれたら別にいいじゃん!両者お手手つないで協力し合ったいいのにね!なんていかないんでしょう。

 

「井筒」の八つ橋一般に流通されている人気の商品

 

「聖護院」の八つ橋一般に流通されている人気の商品