「いつも正直に」は、職場では正解とは限らない
金融関係に勤める30代の男性は、いい同僚に恵まれていた。
とくに、隣の課の同期入社の男性とは親しくつきあっていた。
明るく前向きな性格で、話していてもグチっぽくならない。
月に一回くらいの割合で、二人で飲むのが楽しみだった。
その日も、いつもの居酒屋で待ち合わせることになっていた。
一週間前から決めていたことだ。
ところが、夕方になって上司から呼び出された。
「ちょっと話があるんだ。今晩一杯つきあってくれ」
上司の様子から大事な話らしいと思い、同僚に断りを入れた。
「すまないが、さっき上司から誘われてしまったんだ。次は一杯おごるから、今日は勘弁してくれ」
このケースはサラリーマンとして当然の対応だろう。
約束していたのが同僚であるならば、上司の誘いを優先していい。
同僚には「用事ができた」などと暖味にせず、正直に「上司に呼ばれた」といえば、お互いそういう事情は理解し合える。
ただ、ここで上司に対してもいっておくべきことがある。
「実は、今日は○O○と飲みに行く約束をしていたんです。でも、大事なお話のようですからキャンセルします」
この一言がないと、「あいつは、俺が誘えばいつでもついてくる」と思われる。
それは、上司の部下に対する距離感をおかしくさせる。
会社においては、同僚よりも上司を優先させなくてはならない。
組織とはそういうものだ。
しかし、組織の決まり事と人の心は別だ。
「人生の中に仕事を入れてもいいが、仕事の中に人生を入れてはいけない」のである。
つまり「人生の中の仕事であって、仕事の中の人生ではない」のだ。
仕事ができる人ほど、仕事というもの、組織というものを冷徹に割り切っている。
先ほどの話には続きがある。
彼が飲み屋で上司から聞かされたのは、近々発令される人事についてだった。
彼自身は現在の部署のまま一階級昇進するが、同僚は左遷されるという話だった。
「ふだんから○○君と仲良くしているようだが、○○君は直属の上司とずいぶんぶつかっているようだ。今度の人事の件もあるし、ほどほどにしておけよ」
上司に釘を刺されてしまったわけだ。
「昨日の話って、何だった?」
翌日、当の同僚に聞かれた彼は、ごまかすしかなかった。
「うん、ちょっとさ、出社時間についていろいろ注意を受けちゃったんだよね」
いくら仲のいい信頼し合った同僚であっても、本当のことをいうべきときと、そうでないときがある。
ここは、無難に逃げるしかない。
組織における人間関係は、その距離のとり方が本当に難しい。
一筋縄ではいかないのだ。
長く会社にいれば、あなたにもこういうことが起こりうる。
仲良くしたい同僚とでも、ほどほどに距離を置かねばならない状況も生まれる。
組織人である限り、そうしたことも受け入れなければならない。
しかし、だからといって自分の小心まで左右されるものでもない。
いくら距離を置くといっても、社内で顔を合わせれば気持ちよく挨拶するべきだし、飲み会で一緒になればふつうに会話を交わすべきだろう。
逆に、自分が周囲から距離を置かれてしまうこともあるだろうが、そのときも必要以上に深く考えることはない。
こうしたケースでは、別に誰が悪いのでもない。
人事を決めた上層部が悪いのでもないし、左遷された人間が特別に無能だとも限らない。
すべて、そのときの流れにすぎない。
流れに身を任せながらも、心はまた別の次元に置いておく。
それでいいのではないだろうか。