「ああすればよかった、こうしたらよかった」病にかかったら

十人十色という。人にはいろんなタイプがある。

たとえば、慎重で手堅くものごとを進める人。

反対にリスクがあっても果敢(かかん)に挑戦し、反対を押し切ってでも新しい分野を開拓していく人もいる。

このふたりが互いに相手を見たらどう思うだろうか。

 

「慎重タイプ」が「挑戦タイプ」を見たら、「なんて危なっかしいやり方だ。しかも、反対意見は無視して、独断でゴリ押し。組織はひとりで動くものではないんだから、大事なことはみんなで話し合って決めるべきだ」と思うだろう。

逆に「挑戦タイプ」は「慎重タイプ」を、「いちいちみんなで話し合っていたら、時間ばかりかかって、結局、無難な結論になってしまう。それでは組織は停滞して、ビジネス・チャンスはつかめない」と考えるかもしれない。

 

あなたはどちらが正しいと思うだろうか。

わたしはどちらともいえないと思う。

時と場合に応じて、どちらかの態度が必要なのだが、どちらも「いま、この場合に正しいのは自分のやり方」と思っている。

しかし、ものごとは結果が出る前に判断はできない。

しかも、結果が出ても、どちらが正しかったかは神のみぞ知る、だ。

なぜなら、「慎重手法」でやって失敗したとしても、「挑戦手法」だったらもっと大きく失敗したかもしれないし、「挑戦手法」でやって成功したからといっても、「慎重手法」でやっていたら、もっと成功していたかもしれないのだ。

 

時と場合に応じて、どんな手法でも使い分け、それがまたビタリビタリと当たるなどという人はめったにいないだろう。

もし、そんな人がいたら、人格的にはさっぱり一貫しないはずだ。

何を考えているのかわからない、昨日と今日ではいうことが違う、つき合いにくい人間だろう。

これはこれで厳しい批判を受けるに違いない。

普通の人は、ある性格で一定していて、なかなか他のやり方ができない。

だからこそ、違うやり方をしている人を否定したくなる。

あなたが普通の人であれば、誰かしらあなたのやり方には反対するに違いない。

そう考えれば、自分のやり方が絶対に正しいといい張りたい気持ちが少しは薄れてくるのではあるまいか。