部下は上手に「褒めて」その気にさせよ
最近、課長に抜擢された30代前半の男性会社員は、上司からあまり褒められたことがなかった。
それは、彼が無能なのではなく、上司が非常に厳しい人だったからで、上司は彼をできる男と認めており、そのおかげで昇進できたのだ。
しかし、課長として部下を育てる立場になって彼はハタと困ってしまった。
自分が褒められて育っていないので、部下の褒め方がわからない。
あるとき、一人の部下がプロジェクトの進行報告書を提出してきた。
現状を丁寧に分析し、ポイントもわかりやすく説明している。
「うまくまとまっているな。これは助かる」
そう思ったが、何もいわなかった。「今度、飲みにでも誘って褒めてやろう」くらいに思っていた。
ところが、数日して、その部下が尋ねてきた。
「先日、提出した報告書はいかがでしたでしょうか?」
その顔を見て、彼は「しまった」と思った。
頑張って作成した報告書がよかったのか悪かったのか、どちらにしてもすぐに返事をもらえなかったことに、彼はがっかりしたようだった。
いまの20代の人たちは、家庭でも学校でも褒められて育っている。
だから、「褒めてもらえないこと」イコール「関心を持たれていないこと」だと思ってしまう。
そうした小さな失望感の積み重ねが、上司と部下の間にいつしか大きな距離を生むことにもなる。
「この企画書、よくできてるね」
「さっきの電話対応、なかなか上手だったよ」
「契約数が増えているね、その調子」
こんな簡単な一言を投げてあげるだけで、部下のモチベーションは大きく上がるのだが、それができない上司が少なくない。
褒めることを、大げさにとらえすぎているのかもしれない。
マネジメントに関する本を読むと、たいてい「叱るより褒めろ」と書かれている。
一つのことを叱るのであれば、その倍くらい、褒める気でなければいけないという。
たしかに、そうかもしれない。
褒められて嬉しくない人などいない。
部下を褒めて「その気にさせる」のは、上司の力量でもある。
しかし、褒めすぎるのも考えものではないか。
「褒めなければ」と、やたらと褒め言葉を連発すれば、やがてその効力を失ってくる。
どんなご馳走も、満腹状態では美味しく感じられないのと同じだ。
次の五つの理由から「褒める」こと。
① 褒めると脅迫として受け取られる可能性がある
たしかに、褒められた部下は「だから、それを続けろよ」といわれていると受け取るかもしれない。
真面目な部下にとっては、かえってプレッシャーとなってしまうだろう。
② 相手の本当の価値を認めるより、自分の地位を相手の上に置くことになる
部下のいい働きをきちんと見ることをせず、「上にいる自分が部下を褒めてやっている」というスタンスに立ってしまえば、その上司は大きな勘違いをすることになる。
③ 創造性を制限する
褒められたことで、相手が「自分はこれでいいんだ」と思い込んだら、そこで成長は止まる。
④ 苦言も一緒にいいかねない
人間はつい余計なことを言いがちだ。小言をプラスしてしまえば、褒めたことまで帳消しになってしまう。
⑤ ほかの人と当人の人間的距離を広げてしまう
よくあることだが、特定の誰かを褒めることで、周囲にやっかみの感情が生まれる。
こうした感情は、露骨に表現されることはないだけに、難しい問題をはらむ。
このようにマイナス面を考慮せず、褒めることを、まるで「万能」のように扱うのは間違いだ。
上手に褒めれば、それは優れた武器になるが、下手をすると「やらないほうがよかった」という結果を招く。
褒めるときには、直接ではなく間接的に人を介するのもいい方法だ。
「〇〇課長から聞いたが、キミはずいぶん頑張っているそうじゃないか」
直属の上司がそういっていたといわれた部下は、直接褒められるよりもかえって嬉しく思うのだ。
第三者を経る距離感である。
いろいろな距離感のとり方で、適切に褒める。
これができたら、相当、有能な上司といえるだろう