「会社の肩書きがなくなれば、ただの人」
大会社の幹部社員として肩で風を切って歩いていたのに、定年退職した途端、花が枯れるようにしょぼくれてしまう人がいる。
一方で現役時代、大きな出世はかなわなかったものの、第二の人生は趣味に遊びにいきいきと過ごす人もいる。
サラリーマン時代に笑い(泣いて)、定年後に泣く(笑う)。
その差は何か。
思うにそれは、現役のうちに会社離れをする準備ができていたかどうかの違いではないだろうか。
サラリーマン人生は、所詮、会社から与えられたものだ。
どれだけそこに大きな生きがいを見出したとしても、辞めれば、拠り所は失われてしまう。
それに気づいた人は現役のうちから少しずつ会社離れができるが、気づかない人は辞めた後も会社に未練を残す。
その思いが強い人ほどアイデンティティの喪失感も大きい。
心にぼっかり穴が開いてしまう。
この傾向は一般に仕事一筋で、しかも大企業でそれなりのポジションまでいった人ほど顕著のようだ。
会社の肩書きがなくなれば、ただの人。
問われるのは裸の人間力なのに、リタイアした後もそれまで勤めていた会社の大判の社封筒を持ち歩いたり、わざわざ 「元○○株式会社○○本部長」などという名刺を作ったりする人がいる。
セカンドライフを第一の人生と同じ色に染めようと思ったら辛いだけだ。
ゆがんだプライドは、哀れで痛い。
あるとき駅のホームで電車を待っていると、近くの初老の男性が携帯電話で話すのが聞こえてきた。
名の知れた大企業のOBらしく、かつての同僚や部下に「今度ゴルフでも一緒にどうか」と誘っているのだ。
電車を待つ間に、その男性は三人に同様の電話をかけた。
話しぶりから色よい返事は誰からももらえなかったと察しがついた。
会社は利益共同体だから、そこでの人間関係はどうしても義務的であり、妥協と打算の産物になりがちだ。
それゆえにリタイアすれば、年賀状や中元歳暮などは、潮が引くようにばたりと来なくなることが多い。
会社の肩書きあっての人間関係なのだ。
肩書きがなくなることの落差は、なくなって初めてわかるほど大きなものである。
会社の肩書きが捨てられない人は、それがわからない。
だから会社を離れても平気でかつての人間関係のままに「ちょっとゴルフにつきあえよ」などと誘ったりする。
誘われたほうは、内心「いつまで上司面してるんだ?」「何か勘違いしてないか?」と思っている。
この手のタイプは、会社を辞めた後も古巣のことを「うちの会社」と呼び、OB会などに嬉々として出かけていく。
かつての部下に幹事をやらせ、現役時代の序列をいっとき味わい、生きる縁としたいのだろう。
私は四十歳代前半のとき、数年勤めた会社を辞めたが、以後、その会社や同僚たちにこちらから連絡を取ったことはない。
好きなように生きられる自由を得た代わりに肩書きを捨てたと思えば、会社には何の未練もなかったし、一緒に遊べる気のおけない友だちはもともと会社以外にいたからである。
その経験から思うのは、現役のうちから会社離れをする準備を始めておいたほうがいいということだ。
六十歳定年なら、その後も働くにせよ、完全にリタイアするにせよ、五年前の五十五歳くらいからその準備にかかるのがちょうどいい。
この頃になれば、会社での先行きもおおよそ見当がつくし、住宅ローンの返済も峠を越す。
子供たちも手がかからなくなる。
責任や義務が徐々に軽くなり、ゆとりが出てくるからだ。
たとえば、会社の肩書きを使わない生活を意識的に心がける。
社用車を使える人は使用を控える。
会社のお金で飲み食いしたない。
タクシーを使わず電車で動く、歩く。
生活レベルも定年後の収入に合わせる。
年金生活はもとより、再雇用や再就職などで働くにしても収入は大きく下がる。
それまでのせいぜい三~七割程度だろう。
それを想定して、ある程度慣れておかないと、後であまりの落差にショックを受ける。
リタイアする場合は、「毎日が日曜日」になっても戸惑うことがないように意識して、プライベートを楽しむ時間を増やしていく。
映画や芝居、コンサートなどに足を運んだり、 週末には小旅行に行くなど、自分なりの遊び方を覚えていくといい。
また定年後、ゴルフなどを楽しみたいなら、いまから会社以外の人間と交遊を深めておくことだ。
孤独な老後を回避するための大事なポイントである。