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どんな人間も、いつも前向きでは疲れてしまうもの

心の健康のためには、プラス思考でもなくマイナス思考でもない、暖味な考え方で物事と向き合うといいだろう。

もう少しわかりやすく言うなら、何事も決めつけてしまわないということだ。

典型的な決めつけ思考のパターンは、白か黒かで、グレーゾーンのないものである。

 

このような考え方をしていると、「いつも前向きでないと失敗する」といった考えが強迫観念となって、自分を追いつめていくようになる。

最近は何事も前向きに考えよう、行動しようという声が高く、つらい状況にあっても必死に元気なふりをしたり、前向きにならなければいけないと自分を駆り立てる人がいる。

しかし、気分が落ち込んでいるのを無視して無理やり気分を盛り上げるなんて、どう考えても不自然なこと。

こんなことを続けていれば、誰だって疲れ果ててしまうだろう。

 

「いつも前向き」というパーフェクトさを求めていると、パーフェクトにできない自分自身がさらにストレスになってしまう。

もともとパーフェクトな人間なんていないのだから、「いつも前向きではいられない、パーフェクトでもない自分」を受け入れるほうが自然だ。

 

人間は年を重ねて人生経験が豊かになるにしたがって、決めつけ思考から自由になれるように見える。

しかし、実際は、年齢が進むにつれて頑固、つまり「自分の経験ではこうだ」と決めつけてしまう傾向になるのだ。

これは脳の老化に関係していると考えられる。

40代に入ると一般的に前頭葉が萎縮(いしゅく)を始めるので、知的機能の低下が見られるようになる。

そのうえ、前頭葉には感情や思考を切り替えるスイッチ の働きもあるので、この切り替えがうまくいかなくなってくる。

思考の柔軟性が失われてくるといってもいい。

ひとつの思考にとらわれると、それに固執する傾向が強くなるのだ。

決めつけ思考では、人生の幅を狭めるし、楽しみも半減する。

世の中に完全なものはない。それを求めて気負えば気負うほど空回りするばかりだ。

他人は敵と味方の二種類しかないわけではないし、完全な幸福もなければ完全な不幸もない。

その中間で世の中は成り立っているのだ。

いつも前向きでないと失敗するわけでも、いつも前向きでないと嫌われるわけでもない。

前向きなときもあれば、落ち込むときもあるのが普通の人間なのである。

 

時には「いい加滅」を取り入れよう

長い人生、いつも前向きに全力投球では、身も心ももたない。

緩急とりまぜた生き方をするのが満足な人生を送る技といえるだろう。

全力投球は、ここぞという勝負のときにとっておいて、普段はいい加減に休みをとりながらやっていく。

いい加減というと、だらしないように思われるかもしれないが、生真面目な人ほど、このいい加減さを取り入れてほしい。

「いい加減」とは「よい加減」である。

それは柔軟性や融通性にもつながる。

チームを引っ張る40代には不可欠なものだ。

また、伸びきったゴムには伸びしろはないが、「よい加減」の頭脳からは独創的なアイデアが生まれやすい。

そして何よりも、いつも前向きで突っ走っていては、仕事に関しても自分自身に関しても、フィードバックできないという点が問題である。

ただ走るだけでは、力は蓄積されない。

振り返って反省することによって実力は成熟していくのだ。

行動し、反省し、軌道修正して、再実行し、さらに微調整する・・・。

このような過程がなければ、事は成されないだろう。

とにかく必死に頑張っているのに、思ったような成果が得られないというのは、やみくもにエネルギーを放出しているからかもしれない。

正しい方向に効率的にエネルギーを注ぎ込むには、少しスピードを緩めて振り返ることが必要なのだ。

ハンドルに遊びがあるように、遊びの時間、つまりフィードバックの時間をつくってほしい。