「仕事が趣味」でいいのか?

無理に趣味や仲間を探しても・・・

いずれにせよ、第二の人生では、私生活を充実させ、バランスをとる必要がある。

とはいえ、第一の人生で仕事以外に目を向けるゆとりのなかった人に、50歳を過ぎてから急に「趣味をもちなさい」「家族と団欒の時をもちなさい」「よい仲間を仕事以外にもちなさい」といっても、意識の切り換えはなかなか難しいかもしれない。

特に家族との団欒などは、相手もいることだし、急にこちらから接近しようとしても、子どもたちは成人して、みんなそれぞれの生活、世界をもっているから、親が一緒の時を過ごそうなどと考えても、思うようにはならないはずである。

むしろ、そんな状態で親のいうなりになる子どもがいたら、かえって心配のタネだ。

 

だからこそ、妻(夫)との時間を大切にしなければならないのであるが、これも夫婦にはいろぃろあるから、中には二人の仲が冷えきって、修復が難しいという場合もあるかもしれない。

が、できるだけ早く対話の機会をもって、将来の夢や現実的なライフスタイル、家計などについて、お互いの意思の一致を得るようにすべきであろう。

趣味や仲間づくりについても、ある大企業ではかなりの金額を支給して「何でもいいから生きがいを探せ」という制度があったそうだ。

中小企業の社員から見ればけっこうな話だが、これだけかけてあちらこちらの講座、セミナーに参加しても、結局これといったものが見つからなかった、という人も多いらしい。

こういう人は、根っから仕事人間の習性がしみついてしまっているのだろう。

だったら、気が進まないのに、無理してまで趣味をもつ必要はない。

こういう場合は、仕事一筋もいいだろう。

ただ、これまでと少し意識を変えて、楽しみながら仕事をするというようにもっていきたいものだ。

 

そうしないと、若い頃とちがって、まわりは年齢相応の幅のある仕事ぶりを期待しているのに、何だかガツガッしていて、魅力に乏しい仕事ぶりになってしまうにちがいないのだ。

「楽しみながら仕事をする」とは、ただ目先にある仕事を機械的に「処理」するだけでなく、そこに「工夫」を加えるようにすることなのだ。

 

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仕事を淡々と楽しむ

たとえば営業をしていたのなら、今までのキャリアを生かして新しい販売ルートの開拓をしてみたり、技術者だったら、製品の形や材質に工夫を加えて、コストダウンを実現したり付加価値をあげる。

あるいは、人と人の組み場合わせを工夫して、もっと効率のよい方法を考えるといったように、 「さすがはベテランだ」と職場の人々が感心し、感激もするようなことができれば、それだけで本人も楽しいはずである。

しかも、こういうことを、今までの職場の人々を傷つけたり、恥をかかせたりせず、また自分自身の点数かせぎでなく、「淡々とした態度」でやってのけるところがよい のである。

実際に、50代からの職場では、こういう態度が望ましいし、これでよいのではないか。

出世しよう、金をかせごう、認められようというような欲は、そんなにギラギラさせるものではない。

自分の知識や経験が、他の人々の役に立つだけで何となく嬉しいではないか。

だから、仕事熱心で、仕事以外にこれといった趣味もないという人は、無理して趣味を探さなくてもいいから、仕事を楽しみ、趣味にしてしまうことである。

 

仕事をほかの人に押しつけないこと

「私は、好きで楽しいからこれをやっている」という態度が大切である。

間違っても、「オレがやるんだからおまえもやるのが当然」「オレの若い頃はこんなもんじゃなかった」などと思ってはならない。

自分がみじめになるだけである。

こういう考え方をするだけ、「自分は年をとった」と認めているようなものだからである。

そして、先ほどのような態度で仕事をしていれば、仕事を通じて「仲間」もできるかもしれない。

仕事を私生活にまでもち込むのはよくないが、仕事上のつき合いが人間としての信頼関係に発展し、よき友になる、これは極めて自然なことである。