お金は必要なだけあればいいのでは?

いくらあっても困らないのがお金である。

ある程度の財産を築いていても満足ということはなく、さらなる蓄財に必死になるのが人間の浴でもるのだ。

しかし、人生には当然、お金には代えられないものがある。

 

チャップリンの映画「ライムライト』の中に、将来をはかなんで自殺をはかった踊り子を励ますチャップリンの、こんなセリフがある。

「人生は、どんなつら いことがあっても、生きるに値する。それには三つのことが必要だ。勇気、希望、そしてサム・マネーだ」

サム・マネー(少しばかりのお金)があれば、今の日本ですぐに生活に窮することはない。

それをマッチ・マネーにするのが悪いとは言わないが、自分の能力を磨いたり、新たな可能性に挑戦したりするほうが、さらにいいのではないだろうか。

 

お金は結果であって目的ではない

バブル崩壊で、拝金主義の苦さを味わった人もいるだろう。

生きていくうえでお金は必要だが、それはあくまで手段として位置づけておいたほうがいい。

お金を儲けることが目的になってしまうと、品性が下劣(げれつ)になる。

ギャンブルで一慢千金を狙うのも、あまりまともではない。

一生懸命に仕事して、自己実現をはかる。

お金はその結果としてついてくるものであって、お金に目がくらんではいけない。

お金のために、詐欺的な仕事に就いたり、不正を行なったりするのは愚か者である。

いくら儲けたところで、仕事に生きがいや楽しみがなければ人生はつまらないもの。

お金に操られ自分を見失ってしまう人生は、まっぴらごめんという気持ちを特ちたいものだ。

 

人生は80パーセントでいい

「頑張るぞ!」という気持ち、向上心は大切である。

これこそ目標達成の原動力だからだ。

ただし、これも「いつもパーフェクトに頑張るんだ」という、100パーセント主義の理想主義になってしまうと、失うものが多くなるのではないだろうか。

頑張ろう、頑張らなくてはいけないという思いがあまりに強くなると、人間、窮屈になる。

100点を取るのが当たり前の人は、1点でもミスると納得がいかない。

99点を取っても、「頑張ったのに」と不満を感じてしまうのだ。

ビジネスも人間関係も、そして自分自身への接し方にも、同じことが言える。

頑張りすぎると、結果として、つねに不満不平を抱くハメに陥るのだ。

そういう人は、余裕がなくギスギスした雰囲気を漂わせ、周囲をも息苦しくしているものだ。

人生は80パーセントでいい。

食事も腹八分目が健康的のように、意欲もいつも満タン状態では、余裕の入り込む余地がない。

頑張る方法を追求するのもいいが、頑張らずにすむ方法を考えるほうが、ずっと人生豊かなのである。