うまい人を「ほめる」と、相手は腹を立てる

「本当に、歌が上手なんですね」ある声楽家は、クラシックコンサートが終わったあと、知り合ったばかりの知人にこういわれ、がっかりしたそうです。

その理由は、「歌が上手」といわれたことでした。

普通の人は「上手」といえば、ほめ言葉だと思っていますが、そうではない場合もあります。

 

プロの声楽家たちの多くは、「歌がうまいのは、プロなんだから当たり前」と思っています。

若い頃から大学や大学院まで通い、専門的な技術も会得しているのですから、もっともな話です。

ところが、ほめる人は、テレビで活躍中の「発声の基礎はなってない」「音程も安定しない」「なんと歌っているのかがわからない」というようなアイドル歌手と比べて「ほめている」ことが多く、それだけでもプライドが傷ついているのです。

そういう認識もなく、「歌が上手ね」という人は、ほめているつもりで、とても失礼な言動をしているのです。

 

一方、コンサートが終わったあと、うれしいほめ言葉をいう人もいるそうです。

例えば、「心に歌声が響いて、感動しました」と。

微妙な音程を聞き分ける耳を持っているわけではなく、恐ろしく劣った認識しか持ちえない人が、うまいだへタだのいうのは、おこがましいものです。

でも、「自分がどう感じたか」は誰だって語れます。

「心に響いた」といわれたら、これ以上のほめ言葉はないでしょう。

評論家ぶったほめ方をするのではなく、ひとりの人間として、心でほめることが相手に伝わるのです。

 

私たちは、「とりあえず、ほめておかなきゃ」という場面によく出合います。

知人が、何かの発表会をするときには、ほめることを第一義に感じます。

でも、よく知りもしないことでほめるときは十分に注意してください。

相手を評価するのではなく、わからないことはわからないと白状しながら、自分が感じた部分、自分が思った素敵なことだけを口にすることです。

知識や理屈でほめるのは、墓穴を掘るばかりか、相手をもイヤな気分にしているのです。

 

会社でも同じことがいえます。

よく耳にするのは、若い社員が先輩に面と向かって、

「あの交渉、うまくいったんですか。さすがですね、先輩って仕事ができるんですね」

という、ほめ言葉です。

おそらく先輩は、口に出してはいわないにしても、「おまえ、ナニサマのつもりだ」と腹の中では思っています。

力のない者が力のある者を「ほめる」、これはとても失礼なことなのです。