嫌いな人、苦手な人にこそ事務連絡を欠かさない

人は自分が苦手なものは遠ざけ、心地いいことをいってくれる人間をそばに置きたがる。

企業の管理職が、イエスマンをそばに置きたがるのは、その典型例だ。

私が勤めているときも、そういう人間がいた。

彼らは、自分のいうことに賛同してくれる部下を可愛がり重用した。

しかし、結局のところ、彼らは大して出世もしなかった。

自分のいう通りに動く部下が、優秀な部下とは限らない。

いつの間にか、使えない人たちに囲まれた裸の王様になっていたのだろう。

 

IBM社の初代社長を務めたトーマス・J・ワトソンは、「ビジネスにおける最大」のミスは、うまくいかないときではなく、うまくいっているときになされる」といっている。

イヤなことやマイナス要素を遠ざけていれば、重要な問題を見逃してしまうのかもしれない。

もちろん、嫌いな人間と、あえてガッツリ組む必要もない。

人生の時間は限られているのだから、不愉快な思いはしないほうがいいに決まっている。

だから嫌いな人とは距離を置いていい。

しかし、距離を置くのと無視するのは違う。

絶対にやってはいけないのは、苦手な人には事務連絡すらしないということだ。

 

大手メーカーに入社した新入社員の男性は、細かいことに口うるさい課長にしょっちゅう怒られていた。

あるとき、外出中の課長にかかってきた電話を取った。

「課長宛だ」と思ったとたんに緊張して、相手の名前を聞き忘れてしまった。

また怒られることが目に見えていたので、課長に電話があったことを伝えなかった。

「用があれば、またかけてくるだろう」と軽く考えていたのだ。

実は、その電話の人物は重要な顧客だった。

電話があったというメモすら残さなかったことで、新入社員はひどく叱られた。

当たり前の話である。

 

どんなに嫌いな人間でも、事務連絡だけは欠かしてはならない。

きちんと連絡していても「いった、いわない」の揉め事は起きる。

一度でも連絡を怠ったことが明らかになれば、そのたびに「また、あいつがごまかしているのだろう」と、こちらに落ち度がなくてもいわれるようになる。

そんなバカらしい事態を、自分で引き寄せることはない。

それに、嫌いな人とはいずれ離れるのだから、あまり深く考える必要もない。

 

昔の日本企業は年功序列で、最初に配属になった部署でサラリーマン生活を終えるということが多かった。

自分がヒラだったときの係長が、やがて課長、部長と、最後まで自分の上司であり続けることもあった。

だが、いまは2、3年もすると異動でかなりメンツが変わる。

長くても5年というところではないか。

連絡事項だけはしっかりして、あとは気にせずに離れるまでの時間をやり過ごす。

これが得策なのではないかと思う。